ドアノブ取れそう

親から、精神的・経済的に自立することを目指す

「環境大事論」と「自分次第論」

4月からわたしは新しい環境に身を置くことになります。まだ、決まっておらず検討中です。両親が推すのは自宅から通える所。しかしそこはあまりわたしの希望てまは学ぶ環境が万全ではない。ぐらぐら揺れているのでとりあえず、両親が推す所に通っている先輩方2名に話を聞いてみました。興味深いことに同じ所に通っている2人なのに、返答が全く逆でした。同じ環境にいてなぜ違う答えになるのでしょうか。

 
A先輩は4年間通い春に卒業する。春から希望職種のお仕事で働くことに。おっとりしていて少し天然なところが可愛い先輩です。そんなA先輩に4年間通った感想を聞いてみました。
都合上かなり要約して書いて、喋り方や言葉遣いはわたし用に書き直しています。
 
A先輩「最初はかなり抵抗があった。ここはわたしの希望ではないと入学式では隠れて泣いた。だけど入ってみたら、やりたいことはとことん学べたのでとくに問題はない。小規模だけれどむしろそのおかげで丁寧に指導してもらえた。今ならわたしは自信を持ってオススメする。あまり熱心ではない生徒もいるけれど、それにのみこまれさえしなければ、充実した生活を送ることができると思う。場所ではなく自分の姿勢次第だよ」
 
なるほど。この先輩は入った時はここが希望ではなく、しばらく悩んだそうだ。けれど卒業を間近に控えた今、明るい笑顔で入ってよかったと言っていた。そんなに悪くはないのかもしれない。
 
 
もう1人、B先輩に話を伺った。B先輩は1つ上で、今年で2年目。快活でハキハキ喋る楽しい先輩だ。B先輩もここが第一希望だったわけではないらしい。
 
B先輩「楽しいっちゃ楽しい。一生懸命やればそれなりに結果は出せる。わたしはまあここでいっかーという感じで入ったが、その割には楽しんでいる。けれど、人にはあまりオススメしない。本当に行きたいと思わないならばやめておいたほうがいいと思う、」
 
やめといたほうがいいかもよと小声でB先輩は言った。うーんそうか。
 
 
なぜ、同じ環境で満足している人と不満な人が出てくるのだろう。不思議。
 
少し関わったのと話を聞いた印象で判断するならば、A先輩は与えられた環境で出来る限りのことをして様々な経験を自ら積みに動いているイメージがある。
A先輩が言ったどこへ行っても自分の姿勢次第だよという言葉。いろんな場面で何度か言われたことがある。それは大体親から発せられわたしに妥協させるために使われた言葉だった。希望ではなく妥協した環境で、自分次第という言葉を信じて生活したわたしは、堕落していった。環境を理由に行動しなくなり、無気力になった。それゆえあまり好きではなかったこの言葉がA先輩から発せられた時、正直またかと思ってしまった。けれど、先輩は色々行動して本当にそう思っているようだ。わたしとしては、経験上あまり理解できない。
 
 
B先輩はどちらかというと、プライベート(放課後)を充実させているイメージだ。オシャレで明るい。
わたしとしては、B先輩のほうが理解が出来る。嫌な環境で生活したって...。実際環境は大事だと思う。自分を受け入れてもらいやすく自分も受け入れやすい環境。良い環境の定義は人それぞれだし、目的によって変わるけれど適性に合っているかどうかはわりと重要な気がする。
 
ただ、不満を抱えていたけれどその中で出来る限り環境整備をする努力をしたA先輩も見習いたい。