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ドアノブ取れそう

親から、精神的・経済的に自立することを目指す

田舎と都会をバランスよく使いたい

わたしは田舎に住んでいるんだけれど、

どこにいっても知っている人がいたりとか、よそ者や変わり者に厳しいところとか、自分たちの常識外の人間はおかしいという風潮があるような気がしてどうにも自分の住んでいるところが好きになれない。
 
今「持たない幸福論」という本を読んでいる。
著者のphaさんののんびりした暮らしの様子が書かれていて、少しみんないろんなものにしばられすぎじゃない?と言っているような本。
 
phaさんは普段都会に住んでいるのだけど、熊野に友達と共同で月5千円で古民家を借りて別荘として使っていて、たまにそこに遊びに行くという。
都会に疲れたら熊野に行って、山に飽きたら都会に帰るという生活をしているらしい。
 
 
この田舎と都会を行き来するというのが今までわたしの頭の中になかった考え方だったから驚いた。よく、大学で都会に出て就職で田舎に戻ってくるとか、都会で働いてある程度貯金が貯まってから田舎で隠居するという、人生の半分は田舎で過ごし半分は都会で過ごすという生き方は聞いたことがあった。田舎と都会両方同時に拠点を持つという概念がなかったから、どちらかに何十年か住まなくちゃいけないんだなと思っていた。
 
phaさんは都会のことを音と光の洪水でパチンコ屋のようだと表現していたけれど、わたしが初めて都会に行った時も同じ印象を抱いた。小学生か中学生くらいだったから大人から脅されていたのもあるけれど。
すごく田舎者っぽいことをいうようで恥ずかしいけれど、109に行った時はすごく驚いた。大音量の音楽が流れていて、隣の友達と会話をするのが大変だった!都会に行きたいとずっと思っているけれど、田舎でまったり育った自分があの渦の中に入り込めるのか不安が少しある。だけど、田舎はもううんざりだ!って感じで両方の感情がある。
残念ながらあと数年は実家から出る予定がないけれど、お金を自分で稼いで住む場所を自由に決められるようになったら絶対に都会に住みたいと思っていた。こんな頭の固い人だらけで新しい風が吹かない田舎育ちの自分は不幸だなあとも思っていた。
 
phaさんの田舎での暮らしを見ていたら、なんだかとても楽しそうだった。物がなくて近所の人との繋がりが強いことをうまく利用して都会ではできないことをたくさんやっているらしい。
 
 
都会の人は都会に疲れていて田舎に癒されに来るのに、田舎に住んでいるわたしは田舎に疲れて都会に憧れている。都会と田舎どっちがいいんだろうとずっと考えていたけれど、phaさんの生き方を見たらわたしは楽しみ方を知らなかったんだなーと思った。
 
よくよく考えたら田舎に飽きているはずなのに
軽井沢とか屋久杉とかそういう観光地に行きたいとも思うし。
 
 
都会に何十年も住むか田舎に何十年も住むか、どちらかしかないと思っていたけどよく考えたら両極端な二択だ。この先一度は都会で暮らしてみたいけど、田舎育ちのわたしはやっぱり逃げ場が必要になるかもしれない。
 
気分によって田舎と都会を住み分けるというのは結構楽しいかもしれない。